とことこギャラリー
鳥たちの夢
あまりに恥ずかしい話です。
幼いころの私が憧れたのは空でした。蒼穹の小さな機体が音もなくゆっくりと動いていきます。
東京から北海道まで1時間で飛ぶ移動手段。
M0.71。
瞬きする間に222メートルも進んでいます。
乗せろ。乗せろ。両親にいつもせっつき、中学1年か2年生の時にやっと父が「それじゃあ」と納得。羽田から新千歳間。JALの747SR。自宅からタクシーで羽田APへ。
搭乗して主翼の付け根のウィングシートに座ったときはドキドキしました。ランウェイまでの長い長いタキシング、前方のモニターに美しく延びた大空への出発路。着陸装置からの振動が消えた瞬間の感動は忘れていません。新千歳APの滑走路が見えたとき、
「なんだよ、もっと飛んでろ」
と、残念でした。
皆さんご存知の発明家、ライト兄弟。彼らの父親はキリスト教の伝道師として活動していて、あまり家にはいなかったそうです。ある日帰宅した父は、ひとつのお土産をライト兄弟に渡しました。「空飛ぶおもちゃ」と書いてあります。ゴム動力で飛ぶおもちゃで、兄弟は日が暮れるまで夢中で遊びました。
眠りについた兄弟。兄か弟かは忘れましたが、ある夢を見たそうです。駆けずり回って遊んだ、あのおもちゃに乗って空を飛んでいる夢です。あのおもちゃを、もっと大きなサイズに作り直したら、人間も飛べるかも。それが彼らの原点でした。
昔、ドイツにオットー・リリエンタールという男性がいました。外で座り込み、ずっと飛んでいる鳥たちの姿を観察しています。村人たちは彼を変人扱いして近寄りません。当然かもしれませんね。鳥は羽ばたくことなく、広げたままの翼で飛んでいる。つまり固定した翼でも飛行可能だ。オットーはそう信じて設計に取り掛かりました。
ある日、オットーの友人が彼を心配して訪ねてきました。その友人は一本の論文を携えていました。
「オットー。人間の筋力では鳥と同じように飛ぶことは不可能なんだ。この科学論文でも証明されている」
するとオットーは笑いながら、
「これを見てくれ」
と模式図のようなものを見せました。「グライダーだよ」
土を人力で運び、高台を作るオットー。村人たちは笑いながら見ています。そして初飛行当日。風を待っているパイロット、オットー・リリエンタールの姿が、彼の製作したグライダーにありました。単翼のグライダーは離陸。成功です。舞い降りた彼には喝采が。駆け寄ってきた友人は、
「オットー、君は鳥になったんだよ」
と言ったそうです。
しかし、あるとき悲劇が訪れました。横風の影響で彼は墜落死してしまったのです。背骨を折った彼の最期の言葉。
「道は遠い。何事の進歩も犠牲は必要だ」
オットーの空の勇姿を、まだ少年だったライト兄弟も見ていたそうです。オットーの死亡記事が出たとき、弟はチフスに罹患して重篤でした。衝撃を受けた兄は悲しい事実を隠しましたが、回復後の弟が発見してしまいます。
皆さん知っておられるかもしれませんが、飛行機は特性上、横風に弱い存在です。オットーのグライダーには補助翼がありませんでした。低速でも揚力を確保しているフラップや、旋回や着陸時にブレーキの役目も担うスポイラーなどのシステムがなかったオットーの機体が落ちたのも宿命であったのかもしれません。ライト兄弟はこの課題を解決するため、活動を開始しました。その話はまた今度にします。
那覇APでしたでしょうか、オットーの作ったグライダーの模型がありました。彼は今でも空を飛んでいるのかもしれません。
