とことこギャラリー
彼女は壁の向こうの難民だった
音楽の話ばかりの私です。うんざりでしょうね。これしかない私です。表現の才能が無い私は、許す範囲で多くのバリエーションに耳を向けてきました。ただし落雷音のような硬質かつ強烈なメタル系の音楽は苦手です。
YMOの『BGM』というアルバムの第1曲目『BALLET』。先頭に書いた最上部の言葉は、この曲にある歌詞です。ライディーンの作曲者で名高い高橋幸宏さんの作品です。作詞作曲を担当し、この甘くかなしい言葉に惹かれた私は、こころを病んで初めてこの歌詞の意味が解釈できたような気がします。
プロフェット5の可能性をマックスに駆使した坂本龍一さんの演奏技法には目を見張りました。コンピュータ・マニュピュレーターの松武秀樹さんの音作りが斬新に加味されて見事な作品に仕上がっています。各曲のミックスダウンの時間が90分と限定されたルールの下でのレコーディングでしたが、完成度は高いと評価しています。高橋幸宏さんもかつてひどい神経症で精神科のケアを受けていました。彼のこころの痛みの声がこのBALLETの旋律に浮かんでいます。
シンセの鬼才、かの冨田勲さんが大昔にNHKのラジオに出演されました。彼は1台のシンセを短く鳴らしました。おそらくモノフォニック・シンセサイザーです。愚にも付かないひどい音でした。しかし冨田さんのあるテクニックで音が大きく化けたのです。
1台のシンセサイザー → エコーフェクター → エコーフェクター → エコーフェクターと連続接続してアンプに注ぎ込むのです。ホルンのようなおおきなうねりのある音が生まれました。彼はハープの音を合成するためアナログシーケンサーの音を1000回も重ねたそうです。鬼才と呼ばれる所以です。
シンセサイザーは元来発信器です。音色の元を作る(VCO)、音に紙やすりで磨くようにツヤを出させる(VCF)、そして音量の調節機能をつかさどる(VCA)を経由してエンベロープで音の時間変化を加えていきます。そして先ほどのエフェクター等の機器でさらに加工して音を創るのです。
YMOのキーボーダー・坂本龍一さんの愛用機のプロフェット5はその名の通り、計5音の和音しか出ない機種でした。当時は使うアーティストが多かった名機でした。生ピアノのように叩いた分だけの和音が出ない機種が多かった黎明期のシンセでしたが、創意工夫されて音楽が作られていったのです。
YOASOBIというユニットがあります。作曲者のAyaseくんの方法には驚嘆しました。あそこまで短く切った音を見事に配列させて、1音1音を鮮明に表現しているからです。
東京芸術大学を卒業したバンドKingGnu。彼らのリリックが強烈です。社会悪の残酷さ、やさしい攻撃性。こころの奥に強く刺さってくるサウンドは圧巻です。
東京芸術大学の音響研究科に在籍していた坂本龍一さんのファーストアルバム『Thound Knives』の第1曲目の『1000のナイフ』。激しく鮮明に叩き込まれた独特のメロディー、そして冒頭のエイリアンのような異界からのメッセージを想起させるボコーダー。この作品は彼の音楽世界の原点であったように思えます。日本コロンビアの第4スタジオで計339時間をかけて製作されました。500枚プレスされ200枚の売り上げ、残りはすべて返品になりました。私のもっとも好きな曲のひとつです。
miletという女性アーティストの声は機械と生の中間域をいく見事な作品を構成させています。
2000年の夏、千葉マリンスタジアムでの宇多田ヒカルさんのライブ。彼女が愛して止まない尾崎豊さんの『I LOVE YOU』。椎名林檎さんの東京事変のモノマネ。山口百恵さんの『プレイバックパート2』を歌った彼女は本当に楽しそうでした。8800円で購入したDVDでのステージでしたが、私の宝物です。
個人間の内的世界。複数間のエンハンサ。多様性という滲んだ言葉の意味の中の共通項の新発見。音楽は形而上学的イメージをそのまま感情と感覚のカンナで加工した不可視の芸術作品なのだろうか、と最近私は思っています。こころの波動を音声化して、自由でありながら実に難しい感覚宇宙に木霊する響き。ふたつのこころが触れ合う時。ふたつの感情が重なる時。鳴り響くこころの声でのセッション。数値化も客観的表現もはるかに超越した存在。令和の若いクリエイターたちの瑞々しい雄姿に老いた私は励まされています。
ただ機械に過度に依存しているきらいが拭えない、そのようなぼんやりした懸念を私は静かに抱いています。大量生産のプロセスで永く愛される作品が減らないかとか日本の音楽水準を下げていくのではないかとか思っています。いい作品ではあります。しかし独創性が薄く異口同音的な傾向が散見されるような気がしています。
